俺がレーサー? 第10話

週末に計画していた温泉旅行の当日、雲一つない晴天に恵まれ順調な滑り出しだった。「きっと良い旅行になる」、そんな想いで少し気持ちがウキウキしていた。出発から1時間半ほど北へ向かうと辺りはすっかり緑豊かな山道だ、新鮮な空気が車中を通り抜けてゆく、「気持ちが良いね!」、助手席の彼女に向って話しかける。「あっ!ごめん、ちょっと寝ちゃった」、彼女は照れくさそうに両手で顔を覆った。「あと少しで温泉に着くよ」

 

少しペースを上げるためにアクセルを踏み込む、「うっ!」、前方を何かが横切る気配がした。思わずブレーキを踏み込む「キッキィキィー!!」、車は地面との摩擦力を失い、ガードレールへ引き寄せられて行く、その先は崖、「もうダメだぁ!死ぬ!」、意識が途切れた。

 

あの瞬間の記憶がない。温泉に浸かりながら彼女から聞いた話を想いだす。「私もこれで終わりと思ったのよ。でもあなたは突然ハンドルをガードレールの方向へ切り、瞬時にブレーキからアクセルへ踏み込んでいる足を切替え、ドリフトしながら危機を回避したの、まるでレーサーみたいだったわ!」、彼女は少し興奮気味に話してくれた。「オレがレーサー?有り得ない」でも不思議な力が働いた事は否めない。温泉に癒やされながら、生きていることに心より感謝した。

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